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東日本大震災から1年。

黙とうを捧げた時、わたしの脳裏には 1年前のちょうどあの時間の

自分に起こったことが ありありと思い出されていました。

自宅から遠く離れたところにいて、随分取り乱しました・・・

今でも正直 ひとりで電車での遠出はしたくありません。


でも帰宅できた翌朝にテレビで見た怖ろしい津波の映像と

どんどん増えていく行方不明の方や亡くなった方たちの数。

地震と津波によって起こった終わりの見えない原発事故。

心配でならない福島の義父母のこと。

自分に起こったことは、今回の震災のほんの片隅の出来事であったことを

知った時は 涙が次から次へと溢れ止まりませんでした。

復興が思うように進まぬ被災地、依然行方がわからない方々のご家族の思い、

福島の地はいつになったら安心して住めるようになるのか・・・


また いつ起きるかもわからない直下型地震への恐怖心も常にあります。

大きな地震そのものはもちろんですが、その後のライフラインのストップや

物資不足、人々のパニック(自分も含め)がより怖い・・・

悲しいくらい現代人ですね。

大昔は、電気は通っておらず、火は自分で毎日おこし、

水は川で汲んできたし・・・食べ物も毎日、山川海で調達していたはず。

その頃は、大地震が起きても 命さえあれば、とりあえず直後から

ある程度普段どおりの暮らしを再開できたのでしょうね。


わたしの義父母は福島に住んでいるので、

どうしても福島のことが気になって仕方ありません。

宮城県・岩手県の方々が傷ついた心を抱えながらも前に進もうとされている

映像などを見る度に「少しでも前進できる」様子に複雑な気持ちになることもあります。


福島は目の前のことどころか何十年先のことも見えないのです。

それでも 福島県人は歯を食いしばって出来ることをやっているのです。

頭が下がります。

旦那さんは時々帰省して両親の様子を見たり、力仕事をやったりしていますが

わたしは小学生の息子たちを連れて行く決心がどうしてもつかず

ずっとじいちゃんとばあちゃんに孫を会わせてあげられていません。

なにが正解なのか、もうわからなくなることもあります。

心配・・と言いながら安全な場所(東京も決して楽観できませんが)から

対岸の火事をみているだけのような 気がして 

自分がずるくて薄情な人間に思えることもあるのです。


これからも 悩んだり涙したりすることがあると思いますが

1年経っても終わらない震災に、歯を食いしばっている東北の人々に、

ずっと心を寄せて行きたいと思っています。




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